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2001/4/1〜2001/5/27間に追記含め8回更新、以下は日付順です。


2001/4/1〜4/18…1日「坂下り」長野マラソン対策練習会報告→「わたしの4月」の中のに同名タイトルで保存。

2001/ 4/19〜5/1…第3回長野マラソンでは沿道からたくさんのご声援ありがとうございました→第3回長野マラソン特集の中に同名タイトルで保存。


2001/5/2

 長野マラソンクラブもお花見かな?と思われるかもしれないが、4月29日ここ、小布施橋周辺河川敷の千曲川ふれあい公園を主会場に「千曲川ふれあい公園マラソン」が開かれた。クラブメンバーが5名参加しており、私は花見が出来るとは知らずに、「約束事」があってここを訪れた。
 
 その「約束事」はマイ・ダイアリーの4月を見てもらうとして、下の写真は,長野マラソンでまだ記憶も新しい小布施橋。そして進行方向にはマラソンの間中見えていた長野市の最高峰・飯綱山(1917m)が多少霞んで見える。
 
 実は、橋の両側の河川敷に広がる「ふれあい公園」をクラブの合同練習会場に考えている。橋の袂に水道があるのがいい。堤防も下流側は自転車路兼歩行者専道路になっている。河川敷にも駐車場があり、クルマで来ても合大丈夫だ。
 近く自転車で正確に距離を測ってみるが、公園周回と堤防道路往復で、安全ないい距離がとれるのではないか。
 
 なんで、私のような長野市の人間がここまで来てトレーニング会場にしたいのか? 運動公園の外周などがクルマを入れないジョギング道路になっていれば、またそのように造ればいいのに、長野運動公園はオリンピック関連で造られた道路で、外周が完全に寸断されている。これまで道路を横断することなく折り返しで長くとれた安全走の範囲が約半分に削られてしまっているのだ。「出来るだけ長い距離を安全に走りたい」そうしたトレーニングコースが我ら市民ランナーの願いである。残念ながら長野市内中心部エリアでは、運動公園も含めてそのようなところがない。
 
 さて、大会の方は、クラブメンバーは、長野マラソンの疲れも抜けているようで、入賞3名を含めいい走りをしたようだ。残念ながら入賞式の時間帯から行ったので、今回は走り姿の写真はない。
 これから、大会シーズン突入で、毎週のように大会がある。そこへのクラブメンバーのエントリ−状況はNMC「今後の予定」からお入りください。本topもそうした話題を取り上げ、頻回更新をしていきたい

2001/5/7

★三郷アップルハーフマラソン、ハーフを走るクラブメンバー高木さんと徳武さん(写真はダイアリー5月より転載)

 5月4日開催の今年15回目の三郷アップルハーフマラソン。撮影位置ではリンゴの花は見えないがリンゴの花の中を走るアップダウンのコースで人気だった同大会、この時期開催は今年最後という。クラブの中では、今回、ゆっくりと走った事務局・三田がハーフに14回エントリーし、うち行かなかった2度を除き、12回完走が最多だろう。知り尽くしたコース、最後ということで楽しんで走った。
 クラブからは宮沢さん、原さんが同じハーフに出てハーフは計5名。10`の部に丸山さん(コースで出会いました)、5キロの部には宮本さんが出ていた模様。皆さん事務局にタイムを報告して下さい。
 この「三郷」の大会、来期はシーズンを変えリンゴの実りの頃・秋に実施でフルもできるとか、言われていました。とすると、長野県は市民フル3本となり、一躍「市民フル」大会県となります。私の県内フルマラソン人口倍化の夢も無理でない。是非、フルを実施してほしい。(別稿はダイアリーに)
走友・石川正昭氏、萩往還250km完走(通算2回目)!!
 私たちが三郷のハーフを走っていたころ、2日夕方5時に山口市の瑠璃光寺境内をスタートした走友の石川さんが萩を抜け往還道の帰路についていた。そして前回よりタイムは落とすも45時間22分09秒で2度目の完走を果たした。
 5日午後1時50分頃長野駅に出迎、この完走を知る。この笑顔!いいですね。100`を7回完走している私でも、250`はとても想像ができない。3割を割ることもある完走率、48時間という制限時間……。
 詳しい報告は「長野マラソンクラブ会報」にお願いすることにします。そう、石川さんクラブ内でまだ少数派のウルトラ陣補強の私の願いを受け、「完走できたら」の約束通り、同日クラブ入り。(以上2001/5/7更新時に三田記)

 これから、大会シーズン突入で、毎週のように大会があります。そこへのクラブメンバーのエントリ−状況はNMC「今後の予定」からお入りください。本topもそうしたクラブメンバーの走りマラソン関係の話題を取り上げて、最低週1回、出来れば5日に1度は更新をしていきます。
 そのため5月7日からアクセスカウンターをつけてみることにしました。どうぞアクセスを!!!

2001/5/11(5/7更新分の上に追記挿入の形でした)

萩往還報: いよいよ250kmもスピード時代へ?!

石川です.(本ページですぐ下の5月7日更新分のところに出てくる石川氏です。)
 先ほど萩往還の小野さん(大会委員長)から電話がありました.そのあと完走者の一覧をFAXで送ってもらいました.
 250kmは出走210名中,完走者109名.完走率はなんと52%となりました.(私は55位)一昨年までの完走率は30%だったのが,昨年40%今年52%ですから,驚異的です.コースは昔となんら変わっていませんし特別天候に恵まれたということもありません.
 リピーターが増えてきて,完走できる見込みのある人がスタートするようになったということと,近年100kmを超えるマラソンが増えてきたことが影響している,と小野さんは分析していました.
 以前のような完走率30%に落とすには,距離を伸ばすか制限時間を厳しくするか,どちらかしかないだろう,ともおっしゃってました
 ちなみに優勝記録は30時間.あの登山もどきのコースで,バケモノです.私の前回の記録でも22位です.(2001/5/10/21:47)

2001/5/15

13日、第7回星の郷八ヶ岳野辺山ウルトラマラソン、50kmの部を走る高瀬みどりさん
 高瀬…私は フル以上の距離のレースは今回が初チャレンジ! 出ると決めたのは1ヶ月前でした。
 初めてでいったいどんな練習をしていいのかもわからず、とにかく故障しないようにと、あまり普段とかわらない練習をしました。ただ 坂に備えて赤坂御所の回りをつかっての10キロのペース走を2回ほど入れました。4分45秒(1キロ)くらいで練習していたので 今回坂はキロ6分に落としたのでさほど、苦しくはありませんでした。しかし あまりにも 延々と続く坂には辟易しました。そして 「ここだけは 歩きたい!」と思ったのが稲子の湯の坂!いやーきつい!!
コース図を良く見ると確かに急勾配!
 今回は何もわからず目標タイムの設定もあいまいでした。ただ キロ6分でなんとか頑張ってみようと思っていたので、それだけでも達成できて嬉しいです。しかもおつりが7分もあったなんてできすぎかもしれません。でも 私は100キロは行けるでしょうか? まだ「ウルトラを走った!」と言う実感はないので、やっぱり100キロは走らなければいけませんね!(01/5/15/9:48受信)

 稲子の湯からの坂で100に出ていた私の後ろから走ってのぼって来られた高瀬さんに「三田さん」と声をかけられてしまった。100kmの部の男達が歩く坂を見事に走って行かれた。実は、ウルトラ参加の女性ランナーは坂を走る。これを歩く大半の男達と実に対照的で、これは八ヶ岳100kmのコースで最も苦しい92キロから約6キロ続く坂でもそうで、私は「ここを見るために是非、八ヶ岳の100kmに出なさい」と勧めているくらいだ。ウルトラマラソンでは本当に女性は強い。高瀬さんも次回は是非、100キロに挑戦してほしい。大会の進行司会、100キロの部のゴールアナウンスとお仕事の方もありがとうございました。

★クラブメンバー石川正昭・宮坂陽のお二人が100kmの部で完走
 
さて、高瀬さんと話している間に稲子の湯の入浴タイムを済ませたクラブメンバー石川正昭さんが47キロ地点で私に追いつく。そして50km地点は石川、1〜2秒差で三田が通過。左膝故障から「どこでリタイアしようか」絶えず考えていた三田。一方、このホームページで前回速報のように、萩往還250kmを完走し中8日で八ヶ岳に臨んだ石川さんは「行けるところまでいく」と。このスタンスの違いは当然、結果にも現れ、三田58kmリタイア、そして石川さんはその後も走り続け13時間24分(自己計測)で、超人的な完走を成し遂げた。またしばらく大会そしてトレーニングからも遠ざかっていた宮坂陽さん(スパルタスロン完走者)も13時間46分あたりでゴール。「今回の完走は嬉しかった」と伝えくれた。他は宮坂和子さん87kmリタイア、木下幸一さん膝故障で40kmリタイアだった。(マイダイアリー5月に別稿あり)
 
 なお、同大会に向け長野市内を朝1時半に出て野辺山に着いた3時25分は本当に「星の郷」の冠にふさわしい星空だったことを付け加えておこう。

(写真…上の2枚は皆さんご存知の高瀬みどりさん。4時間53分26秒で50km女子4位総合36位の走り姿。下の左 は55km地点で左膝痛みが出て歩き出した三田を56kmキロあたりで抜いていく石川さん。その「いけるところまで」はゴールだった。70km地点に出来た新しい温泉にも入りたかったが時間の関係でこれを見送る。これが残念だったらしく、「次回は2つの温泉で入浴タイム各30分をとり、完走する」とおっしゃっていました。下の右はまだ林道に入る前、スタートから7kmあたりを一緒に走る宮坂ご夫妻、朝5時40分頃、標高1375m。ここから正面の八ヶ岳の中腹1908mまでのぼる。)

2001/5/21

20日、猛暑の富山でフルマラソン(チャレンジin神通、富山マラソン…石川氏もちろん完走
 30℃を超す猛暑、この5月にもう「夏マラソン」が始まってしまった。昨年フルの大会でで30℃を越したのは、スタート時からの北海道マラソン(8月下旬)、中途からの田沢湖マラソン(9月中旬)の二つだったが、今年は5月から「猛暑」大会が始まってしまった。
 第9回富山マラソン(チャレンジin神通)、その名前に出てくる神通川の河川敷を使いほとんど平坦なコースを4往復する形で行われている。川沿いの木立部分も僅かで、丸々日差しを受ける形で、ランナーはざぞ暑かったろう。クラブから萩往還250km、八ヶ岳野辺山100kmと連続完走をしてきた石川正昭さんが参加、もちろん42.195kmと短い距離は完走である。金沢での仕事が重なっていなければ、フル百楽走会会員でもある桜井光雄さんが主催する大会でもあり、駆け出しの「フル百」会員の私も出たであろう大会だった。石川さんの帰宅一報を次に。
 石川…富山マラソン走ってきました.30℃を超える猛暑の中,3:47:23で完走しました.これで私の今シーズンのレースはすべて終了です.次は北海道マラソンと秋田100kmになります.スタートは約400人,何人が完走したかはわかりませんが,本部の医者が「5時間経ったらリタイヤ勧告を出す」というぐらいの猛暑だったので,完走率は低そうです.(制限は7時間) 私は51位でした.優勝は2:47:00ぐらい.2位までがサブスリーで,3時間00分台が4名という争いでした.

 写真はクラブデジカメと同じカシオの31万画素で撮影。石川さんの奥さん・里香さんに、カメラを預け24枚撮ってきてもらったもの。彼女も6月10日に「みゆき野ライン飯山市ロードレース」の20kmの部に初挑戦するだけあって、こちらの望んだ大会の雰囲気をばっちり収めてきて下さった。今回、ご主人の写真使わなくてごめんなさい。会報の方は入れます。来年は私も富山マラソンに出るぞ(三田茂延)

◆本年第1回「地ビール・マラニック〜信濃ブルワリー編」は6月3日に実施します
距離 約31km(MTBにて2度実測)、高低差560m。
自分で荷物をや水をディバッグに入れ、これを背負って遠出する「走る遠足」(マラニック)です。
コース…北長野駅前の「東急ライフ」正面広場よりスタート、オフロードの三登山林道を抜け、仁之倉線に出て、黒姫高原の温泉のあるJA施設・「アスティ黒姫」がゴール。(入浴後、お目あての「信濃ブルワリー」へビールを飲みに行きます)
6月3日(日)午前10時5分北長野駅前「東急ライフ」正面広場前集合(10時10分出発)
詳しくは2001年今後の予定ページ、又昨年の実施例の報告はここ

2001/5/27

●故障克服は自転車ヒルクライムで、26日笠岳峠(1920m)MTBヒルクライム報告(三田)

 故障を抱えて走るフルマラソンは嫌、無傷の3時間26分(フル完走50回時点平均タイム)が当面の目標となっている。このため8月下旬の北海道マラソンまでフルは入れてない。目標達成のための左膝周辺筋肉づくり自転車トレーニングとして設定の鎌田林道からの笠岳峠ヒルクライム、今日第1回はMTBで行ってきた。
 標高370メートルあたりの長野電鉄「信濃吉田」駅近くの家から1920mの峠まで高低差1550m。往復の総距離でおよそ100キロ。相当な疲労度で、つい、今しがたまで、グーグーいびきをかいて寝ていたという。
 かって山田温泉スキー場をスタート、鎌田林道で笠岳峠へ上がるヒルクライム自転車レース南志賀サイクルフエスタがあった。確か3回実施して終わってしまった大会で、残念がる自転車乗りが多い。大木を切り抜いた露天風呂がある山田牧場のレッドウッド・インに仲間と泊まり翌日のレースに臨んだこともある。ゴール後はカリヨン広場での抽選会にも出て、豚汁ではない、何か名称があった地元の汁物もうまかった思い出のある大会。当時の記録が出てこないが、ロードレーサーでのぼり確か1時間20分を僅か切っていたように思う。今日も同じスタートラインから行き、写真を撮ったりの時間を抜けば正味1時間43分あたりか。2時間のつもりだったから、初回としてはまずまず。イージーの岩田さん(自転車)、牧さん(ラン)に会った帰路の小布施橋付近では、まだ元気だったが、やはり、高低差1550mはさずがにきつかったのか、そこからおよそ約10キロの家に戻るとぐったりだった。もう治っているが、夕食時ビールを持つ手が震えていた。
 目論見の膝周辺の筋肉は十分使われた感じで、8月下旬まで土曜日を中心に10回こなして、様子をみたい。ランの方ものぼりコースを取り入れて、膝周辺、そして大腿四頭筋を鍛える。
 家を出たのは午前10時半、元気が出るように「力」を感じるネーミングのマグナムドライ350m一本飲み干してのスタート。山田温泉へは小布施橋から小布施温泉、蕨温泉経由の道であがる。小布施橋の豊野側からは写真撮影時間を除き正味ちょうど1時間。正午過ぎ山田温泉広場前の食堂でかつ丼とビール大瓶一本。温泉広場から12分のぼり、あの南志賀のスタート地点山田温泉スキー場前へ。そのスタート地点から鎌田林道をあがり、笠岳峠と山田牧場温泉街への分岐カーブ迄これも正味1時間15分、そこから峠までは28分だった。
 写真上は空いていた笠岳峠小屋のおかみさんに撮ってもらった。山頂が切れているが、もちろん笠岳(2076m)だ。写真中右はその笠岳山頂を前に分岐カーブを少し上がったところでセルフタイマー撮影。とんがりが目指す笠岳だ写真左下の左は群馬長野原から志賀に上がり奥志賀林道を抜けたりで27日のチームイージ長野の千曲川デュアスロンのため下りてきた岩田さん。「自走なので、雨模様なら帰ります。」と。さあ、どうなったか? 写真左下の右は昨年長野マラソンでサブスリー、今年は宮古島トライアスロン、もちろん完走の牧さん。フル及び短い距離の県内大会ではNMCメンバーの強力なライバルだ。この日は豊野の綿半より奥さんの実家の小布施までrunの途中でした。岩田・牧のお二人に会えたのはクラブの練習会場に予定の千曲川ふれあい公園のコース設定のため距離測定をしていた時間が生んだ幸運。岩田さんが来た自動車通行止めの区間2キロも使い8キロのコース設定が出来た。(追加写真を及び見出し、写真説明追加部分を除き、「わたしの5月」に入れたものと同文・三田茂延)
◆本年第1回「地ビール・マラニック〜信濃ブルワリー編」は6月3日に実施します
距離 約31km(MTBにて2度実測)、高低差560m。
自分で荷物や水をディバッグに入れ、これを背負って遠出する「走る遠足」(マラニック)です。
コース…JR北長野駅前の「東急ライフ」正面広場よりスタート、オフロードの三登山林道を抜け、仁之倉線に出て、黒姫高原の温泉のあるJA施設・「アスティ黒姫」がゴール。(入浴後、お目あての「信濃ブルワリー」へビールを飲みに行きます)
6月3日(日)午前10時5分北長野駅前「東急ライフ」正面広場前集合(10時10分出発)
詳しくは2001年今後の予定ページ、又昨年の実施例の報告はここ

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